食事療法にたどりつくまで

1.夫の体調異常

夫の体調異常に気が付いたのは1999年春でした。人間ドックのデータ−を見ると血圧が驚くほど高くなっていましたので、主治医に何度も相談しましたが、それほど心配することはないと言うばかりで何の指示もありませんでした。しかし夫は疲れやすいと言うようになり、毎日食後横になるようになりました。

2000年1月たまたま近所の方から予防医学に力を入れている三郷市保健センター「尾内先生」の成人病予防講演会があるから行きませんかと誘われました。それがきっかけで過去5年間の人間ドックのデーターを尾内先生に見てもらいました。その結果「腎不全の疑いがあるので、ただちに専門医で精密検査をすること」を勧められました。

そして3月、東京のある大学病院に検査入院しました。医師から「腎不全」と告げられた時、私の脳裏に「透析」という二文字が直に浮かびました。

夫は、7年前に大腸がんの手術をしていました。その時に使用した薬と、造影剤で腎臓の機能が3分の1になってしまったのです・・・との事でした。

医師から「このままの食生活を続けていると数年で透析になります。できれば低たんぱく食事療法をするといいのですがやってみますか?」と聞かれました。勿論やりますと即答しました。

私の母は昭和62年に10年間の透析生活のすえ亡くなりました。本人はもちろん家族にとっても「透析」がいかに大変な事なのかは十分わかっていました。母が最後に自分の希望する病院の先生に診てもらう事を望みましたが、透析患者は病院を簡単にかえることは出来ません。悔やんでも悔やみきれない数々の思いが呼び起こされました。夫に対しては二度と同じ後悔をしないように、

家族が出来ることは必ずやり遂げようと心に誓いました。

2.透析を避ける食事療法を求めて

検査入院した病院の方針で「近所の病院を探すよう」に指示されましたが、近くの病院では納得できる食事療法の指導もなく、ただ薬ばかが増えるだけでした。

このままでは・・・と思いました。私なりに何とかしなくてはと、4月から自己流で食事療法を始めました。腎不全の食事療法の本を何冊も購入し読みましたが、本には必ず『医師と栄養士の指導のもとに行って下さい』と書かれていました。しかし何処へ行けば「満足のいく指導」が医師や栄養士から受けられるのかわからず、毎日が不安の連続でした。

とにかく手探りで食事療法を始めるうち、低たんぱく食品を購入する店で「ニーレの会のお料理教室」に参加しませんか・・・という、案内状が目に入りました。「ニーレの会」の話は、亡くなった母から何度か聞いていましたが、料理教室をやっているとは知りませんでした。早速会長にお電話して、夫と参加するようになりました。そこで同じように悩んでいる方々と知り合い、本では得られない多くのことを学ぶことができました。その会には何人か栄養士さんも参加されており、いろいろ相談していくなかで、ひとりの栄養士さんから、四谷にある「食事療法サポートセンター」に来てみてはと誘っていただきました。そこではそれまでやっていた自己流の食事療法ではカロリー不足で腎臓に良くないことなどを教えていただき、さらに幸運にも、ここで「昭和医大・出浦照國先生」のお名前を初めて知ることが出来ました。

こうして私達はその年の11月、「出浦先生」に診ていただける機会を得ました。初診の時、私も緊張しながら、診察室に入りました。診察の仕方が今までの先生とは全くといっていいほど違い、やっと信頼できる先生にめぐり合えたという思いでした。

出浦先生は「指示通りできれば、透析を最大限伸ばすことが可能です。私の患者さんになっていただけるのでしたら喜んで指導します」とおっしゃいました。こうして12月から本格的な「低たんぱく高カロリー低塩」の食事療法を指導していただくことになりました。

先生の指示は「たんぱく質30g、カロリー1900kcal、塩分5g」というもので、同時に担当の栄養士さんも決め下さいました。出浦先生のお話は曖昧さがなく、患者の質問に誠心誠意答えて下さり、これで安心して正しい食事療法を始められると思いました。

3.食事療法の開始

 こうして担当栄養士さんの指導のもと、新たな気持ちで食事療法を始めることになりました。 調理する上で今までと違うことは、調理する前に「食品を量る」という手順がプラスされたことです。この事は、何より基本的なことで、食品の摂取量が分からなければ計算ができません。調理台の上に「ハカリ、メモ帳、ボールペン」の3つが必須アイテムになりました。食品を「量って、メモして、調理する」のうち、食品を量ることには直に慣れました。特に一回で思ったとおりの分量が量れたときなど「私って天才!」なんて独り言・・・。また食事療法用の調理は多少のとまどいはありましたが、これでも主婦の端くれですので、なんとかなりました。

 問題は食品成分の摂取量計算です。使用する食材が多いと、その分計算も大変になります。同じ摂取量計算を何度やっても数値が違ったりした時は、思わずため息が出たりしました。先生の診察日の前ともなると、もう大変です。提出する毎日の記録を夫に清書してもらいながら、なんとか献立表を作成することになります。食事療法を完璧にこなすとなると、一日のほとんどを食事療法にかかりきりで他のことは何もできなくなりました。

4.思いがけない計算ソフトとの出会い 

 そんな時に妹が遊びに来ましたが、三度の食事の準備と計算に追われて、ろくに話をする暇もありませんでした。そんな私の状態を見て、妹は「どうしてパソコンを使わないの、そんな計算パソコンを使えば簡単でしょう・・・ソフトも売っているんじゃないの・・・?」と、ことも無げに言いました。そこで思い切ってパソコンを買ってみました。たしかに食事療法用のソフトはありましたが、私の周りには、実際に使っている人がいませんでした。使った経験のある方に聞いてみましたが、私にも使えそうも無いように思いました。

次に妹が来た時、食事療法のことや、食事療法用のソフトの話をして、食品成分表を見せました。 妹は少し考えてから、摂取量が簡単に計算できる「パソコンソフト」を作ってみると言ってくれました。

 それから2ヵ月後ぐらいに、妹が「計算ソフト」を作って来ました。私もパソコン操作には不慣れでしたが、すぐに使い方を覚え、信じられないほど簡単に計算が出来るようになりました。このソフトを使い始めて間もなく出浦先生から、食事療法に関して「パーフェクト」をいただいたことも、食事療法を続ける上で大きな励みになり、少しずつですが楽しみながら取組む余裕もできてきました。

 食事療法で大切なことは、低たんぱく食品の中から好みの食材を見つけ、毎日こつこつと続けて行くことだと思います。続けて行くうちに食事療法も次第に身についてきます・・・少なくても私の場合はそうでした。摂取した食品の計算が何よりも大切で、この位でというアバウトがいちばん危険です。出浦先生も「いいかげんな食事療法ならしない方がよい」と言われました。「ニーレの会」で栄養士さんが「お料理は手抜きしても計算だけはきっちりしてね」と言われた意味が、今ではよくわかります。

 ある日、ニーレの会の会長から、「新潟県立女子短期大学の笠原先生から、研究の為にどなたか食事療法を正確にやっている方を紹介してもらえないかといわれているけれど、どうですか・・・?」といわれ、協力する事にしました。夫の食事データを定期的にメールに添付して送信しています。そのメールのやり取りで、笠原先生にもいろいろなことを教えていただけた事も、とても役に立っています。

5.これからの食事療法

 「ニーレの会」で知り合った方々と、お茶を飲む機会があり、皆さん摂取量の計算が大変だと言われましたので、私は妹の作ってくれた「計算ソフト」で簡単に出来ると話しました。そうしたところ、全く知らない方より、その「計算ソフト」を見せてもらえないかとの電話を受け、その方に私の家に来ていただき、妹にも来てもらいました。その方は市販のソフトを使った経験を持つ方でしたが、この計算ソフトを見て、「今までは決まりきった食品しか食べられないと思っていたけれど、これなら少しだけれど好きなものも食べることが出来る」と言われ、ぜひ自分にも使わせてほしいし、他の人たちにも是非紹介したいと話されました。そこで妹はこの「計算ソフト」をプロのシステムエンジニアの協力のもと、より汎用性のあるプログラム言語で改良し「食事療法管理システム“はかりちゃん”」として作ってくれました。

今、私はこの「はかりちゃん」を使って、夫の食品成分摂取量を瞬時に算出していますが、以前、私のパソコンがウィルスに感染し、一時使えなくなった事がありました。その時は計算が短時間で出来るように使用する食材を減らしたくらいです。今でもこの時のことを思い出すと“ぞっと”します。再びあの摂取量計算を手計算でするなど考えられません。

摂取量の計算が簡単に出来るので、私の生活はこれまでと変わらず好きなことも出来ます。よく腎不全の患者を持つ家族は、友人とゆっくり話も出来ないし、旅行に行くことも諦めていると聞きますが、これでは長い食事療法を続けることは難しいのではないでしょうか。妹は私の電卓をたたいている姿を見て、「このままではお兄さんを追い詰めることになるのでは・・・と、心配になったのよ・・・」と、ずっと後になってから、私に話しました。自分はパソコンなど使えないと初めから諦めないで、機械ができることは機械に任せるという発想の転換が出来たことが、夫と私を救ってくれたと思っています。

夫が、最初に腎不全と診断されてから早いもので3年経ちましたが、夫の検査データは3年前の数値を維持しています。このことからも、食事療法を正しくできているのだと実感しています。そして、最近では、「食事療法サポートセンター」の方からこの、食事療法を始めたばかりの方や、十分な指導を受けられずに不安になってセンターを訪れた方などにアドバイスしてあげて欲しいと頼まれるようになりました。

妹が中心になって開発された「食事療法管理システム“はかりちゃん”」ですが、この、食事療法を必要としている方々の助けになれば、私としても大変嬉しく思います。